従業員の労働時間管理や残業規制に悩む経営者の方も多いのではないでしょうか。特に問題のある社員への対応に頭を悩ませることもあるでしょう。
そんなときに検討される対応策の1つが「減給」です。しかし、減給には法律で定められた厳しい規制があり、適切な対応が求められます。
そこで、本記事では減給の概要から処分の流れ、改善されないときの対策を解説します。従業員の減給処分を検討している場合は、ぜひ参考にしてください。
減給とは?
減給は、労働者の賃金を一時的に減額する懲戒処分の一種です。労働基準法第九十一条に規定され、就業規則に明記された制裁として行われます。
減給の主な目的は、労働者の問題行動を改善することにあります。しかし、むやみに実施できるわけではありません。労働基準法では、減給の限度額を厳しく制限しています。
これらの規定により、労働者の生活を守りつつ、適切な制裁を与えることが可能となります。
労働基準法で定めた減給の限度額
労働基準法は、労働者を保護するために減給の限度額を明確に定めています。この規定により、雇用者は過度な減給を行うことができません。減給の限度額を理解し、適切に運用することが重要です。
限度額の計算方法を手順に沿って解説
減給の限度額を計算する際は、まず平均賃金を算出します。平均賃金は、原則として直近3ヶ月の賃金総額を暦日数で割って求めます。この計算方法により、労働者の通常の賃金水準を反映した公平な基準が設定されます。
次に、1回あたりの減給額の上限を確認します。労働基準法では、1回の減給額は平均賃金の1日分の半額を超えてはいけないと定めています。たとえば、平均賃金が1日あたり1万円の場合、1回の減給額の上限は5,000円となります。
ここまでの流れを簡単に示すと以下の通りです。
- 平均賃金の算出
- 1回あたりの減給額の上限確認
- 複数回の減給総額の上限確認
- 就業規則との整合性確認
- 減給理由の明確化
また、減給を行う際は、就業規則に明記された懲戒処分の1つとして規定されている必要があります。就業規則に定めがない場合、減給を行うことはできません。これは、恣意的な減給を防ぐための要件です。
さらに、減給を行う際はその理由を明確にし、労働者に説明する必要があります。単に減給を行うだけでなく、なぜその処分が必要なのかを労働者に理解してもらうことが大切です。
減給できる範囲が決められている
労働基準法第九十一条は、減給できる範囲を制限しています。この規定により、労働者の生活を守りつつ、適切な制裁を与えることが可能となります。
減給の範囲は以下のように定められています。
- 1回の減給額の制限
- 複数回の減給総額の制限
- 減給の理由の制限
- 減給の期間の制限
- 減給の対象となる賃金の制限
1回の減給額は、平均賃金の1日分の半額を超えてはいけません。これにより、過度な減給による労働者の生活への即時的な影響を防ぐことができます。
複数回の減給を行う場合、1賃金支払期における減給の総額は、その期間中の賃金総額の10分の1を超えてはいけません。
また、減給は一時的な処分であり、長期にわたって継続することはできません。継続的な賃金の引き下げは、降格や降給として扱われます。この区別により、減給と他の処分を明確に分けることができます。
減給の対象となるのは基本給や手当などの定期的に支払われる賃金です。賞与や退職金は対象外となります。
降給、減俸、減額、罰金との違い
労働者に対する処分や賃金の変更には、「降給」「減俸」「減額」「罰金」といった用語が使われます。これらは一見似ていますが、意味や適用範囲が異なります。それぞれの違いを正確に理解することで、適切な対応や運用が可能になります。
降給とは
降給は、労働者の役職や職位が下がることに伴い、基本給が引き下げられるものです。これは懲戒処分として行われる場合もあれば、業務内容の変更や能力不足に応じた人事異動として実施される場合もあります。
たとえば、課長職から一般社員へ降格される際に基本給が減少するケースが該当します。労働基準法には直接的な規定はありませんが、就業規則で降給に関するルールを明記しておく必要があります。
降給は労働者の生活に大きな影響を与えるため、その理由を十分に説明し、納得を得ることが重要です。特に懲戒処分として行う場合は、対象となる行為や降給の程度について、就業規則に明確に定めておくべきでしょう。
また、降給を行う際は、労働者の同意を得ることが望ましいです。一方的な降給は労働条件の不利益変更となり、トラブルの原因となる可能性があります。
減俸とは
減俸は、労働者の賃金の一部を一時的に引き下げる処分です。これは主に懲戒処分として行われます。たとえば、不適切な行動や業務上のミスなどに対する制裁として実施されることがあります。
減俸を懲戒処分として行う場合、労働基準法第九十一条に基づいて実施されます。これらの規定は労働者の生活を守るために設けられたルールであるため、雇用者はこの限度額を厳守する必要があります。
たとえば、月給30万円の労働者に対して、1回の減俸で3万円以上のカットを行うことはできません。
なお、減俸は一時的な処分であるため、長期にわたって継続することはできません。継続的な賃金の引き下げが必要な場合は、降給や減額など、別の方法を検討する必要があるでしょう。
減額とは
減額は、賃金そのものを恒常的に引き下げることを指します。これは懲戒処分ではなく、会社全体の経営状況や業務内容の変更などによって行われることがあります。
たとえば、経営悪化による全社員への給与カットや新たな給与体系への移行などが該当します。減額は労働条件の不利益変更となるため、労働者との合意が不可欠です。また、一方的な変更は無効となる可能性もあるでしょう。
減額を行う際は、以下の点に注意する必要があります。
- 十分な説明と協議を行う
- 公平性を確保する
- 就業規則の変更手続きを適切に行う
- 労働契約の変更に関する同意を得る
特に就業規則の変更を伴う減額の場合、労働者の過半数代表の意見聴取が必要です。また、個別の労働契約の変更には、原則として労働者本人の同意が必要となります。
減額の理由が経営上の必要性によるものであれば、その必要性と合理性を明確に示すことが重要です。たとえば、財務状況や今後の経営見通しなどを具体的に説明し、労働者の理解を得る努力が求められます。
それから、減額の程度や期間についても十分な検討が必要です。過度な減額は労働者の生活に大きな影響を与える可能性があるため、慎重に判断する必要があります。
減給が認められるケースとは
減給は労働者にとって不利益な処分となりますが、一定の条件下では減給が認められるケースがあります。ここでは、減給が認められる主な状況について解説します。
能力の不足
労働者の能力不足が明らかで、業務遂行に支障をきたす場合、減給が検討されることがあります。ただし、単に能力が不足しているというだけでは不十分です。能力不足が客観的に証明でき、改善の機会が与えられていること、能力向上のための支援が行われていること、そしてそれでも改善が見られないことが条件となります。また、能力不足を理由にした減給は、裁判例でも慎重に判断される傾向があります。一般的には、まず教育指導や配置転換などの対応が検討されるべきであり、懲戒処分として減給を行う場合は、就業規則に明確な根拠があることが重要です。
たとえば、営業職で長期間にわたり目標達成率が著しく低い場合が該当します。ただし、この場合でもまずは教育や訓練を通じて能力向上を図るべきです。それでも改善が見られない場合に初めて、減給という選択肢が検討されます。
減給を行う際は、その理由と金額を明確に説明する必要があります。また、能力向上のための具体的な計画も併せて提示すべきでしょう。そうすることで、単なる制裁ではなく、改善を促す措置であることを示すことができます。
このように、能力不足による減給を検討する際は、客観的な評価基準の設定が大切です。能力不足を判断する基準を明確にし、公平性を確保する必要があります。また、十分な改善期間を設けることも大切です。短期間での改善を求めるのではなく、適切な期間を設定しましょう。
さらに、個別の事情への配慮も忘れてはいけません。健康上の問題や家庭の事情など、個別の状況を考慮することが必要です。場合によっては、現在の職務に適していないと判断される場合もあるでしょう。そのような場合は、他の職務への配置転換も検討しましょう。
問題のある行動
就業規則に違反する行為や会社に損害を与える行動がある場合、減給の対象にできます。ただし、すべての問題行動が即座に減給につながるわけではありません。行動の重大性、繰り返しの有無、会社への影響度、改善の見込みなどを考慮する必要があります。
無断欠勤や頻繁な遅刻、業務上の重大なミス、会社の機密情報の不適切な取り扱い、ハラスメント行為などが、減給の対象となる可能性がある行動の例です。
これらの行動に対して減給を行う場合、まず口頭注意や書面による警告など、より軽い処分からはじめましょう。それでも改善が見られない場合には、段階的に減給を検討します。軽微な違反から重大な違反まで、段階的な対応を定めることで、公平性を確保できます。
また、問題行動による減給を検討する際は、行動の背景調査がポイントです。問題行動の原因や背景を十分に調査し、理解することが必要です。
一貫性の確保も気をつけたいところです。同様の問題行動に対しては、従業員によって対応を変えるなどせず、一貫した対応を取る必要があります。
不適切な言動、対応
顧客や同僚に対する不適切な言動や対応も減給の対象にすることが可能です。顧客へのクレーム対応での不適切な言動、同僚や部下へのパワーハラスメント、SNSなどでの会社の評判を落とすような発言などが該当します。
これらの言動に対して減給を行う場合、言動の具体的な内容を明確にすることが重要です。たとえば、顧客対応で不適切な言動があった場合、まずは事実関係を確認し、当事者から事情を聴取します。そのうえで、言動の重大性や影響度を評価し、適切な処分を決定します。
また、減給を行う際は、その言動が具体的にどのような規則に違反しているのかを明確にする必要があります。さらに、再発防止のための具体的な指導計画も併せて提示すべきでしょう。
不適切な言動による減給を検討する際は、コミュニケーション研修の実施が効果的です。適切な言動や対応を学ぶ機会を提供することで、問題の再発を防ぐことができます。
ほかにも、ストレス管理サポートも重要です。不適切な言動の背景にストレスがある可能性を考慮し、適切なサポートを行うことが必要です。
加えて、職場環境の改善にも取り組むべきです。不適切な言動が生まれにくい職場環境づくりに努めることで、根本的な問題解決につながります。
減給処分を実施するまでの流れとは
減給処分を実施する際は、慎重な手順を踏む必要があります。ここでは、減給処分を実施するまでの流れを解説します。
対象となる行動の改善を促す
減給処分の対象となる行動が見られた場合、まず最初に行うべきは改善を促すことです。
はじめに、問題となる行動を具体的に指摘します。ただし、「最近の態度が良くない」といった曖昧な表現ではなく、「先月の遅刻が5回あった」など、具体的な事実を示す必要があります。
次にその行動が就業規則のどの規定に違反しているかを明確に伝えます。就業規則の該当箇所を示しながら説明することで、労働者の理解を深めることが可能です。
そして、改善のための具体的な目標を設定します。たとえば、「今後1ヶ月間、遅刻をゼロにする」といった明確な目標を立てます。この際に、目標達成のための支援策も併せて提示すると効果的です。
最後に、改善が見られない場合の対応についても説明します。減給処分の可能性があることを伝え、改善の重要性を認識させます。
この段階での対応は、口頭での注意や書面による警告など、状況に応じて適切な方法を選択してください。重要なのは、労働者に改善の機会を十分に与えることです。
改善されない場合に処分を下す
改善を促したにもかかわらず、問題行動が継続する場合は、次の段階として減給処分を検討します。注意点がいくつかあるので、慎重に検討してください。
まずは、問題行動の継続が客観的に確認できることがポイントです。そのため、改善を促した後の状況を詳細に記録し、改善が見られないことを明確に示せるようにします。
次に、減給処分が労働基準法第九十一条の規定に沿っているかを確認します。繰り返しですが、1回の減給額は平均賃金の1日分の半額を超えてはならず、1賃金支払期における減給総額も賃金総額の10分の1以内に制限されます。
また、就業規則に減給に関する規定があることを再確認します。規定がない場合、減給処分を行うことはできません。
さらに、過去の類似事例との整合性も検討します。同様の問題行動に対して、一貫した対応を取ることが大切です。
これらの点を確認したうえで、減給処分の具体的な内容を決定します。減給の金額や期間、理由を明確にし、文書で記録に残します。
減給処分の通知
減給処分を決定したら、対象となる労働者に通知する必要があります。通知は以下のような内容を含む文書で行います。
- 減給処分の対象となる行動と、その行動が就業規則のどの規定に違反しているか
- 減給の金額と期間
- 減給の理由
- 今後の改善に向けての期待
通知の際は、対面で説明を行い、労働者の理解を得ることが重要です。なお、以下は減給処分の通知のテンプレート例です。
減給処分通知書 ○○ ○○ 様 当社就業規則第○条に基づき、下記の通り減給処分を行います。 1. 減給の理由: ○月○日から○月○日までの間に○回の無断遅刻があり、 再三の注意にもかかわらず改善が見られないため。 2. 減給の内容: ○月分の給与から○○円を減額 3. 適用される就業規則の条項: 第○条 (遅刻・早退に関する規定) 今後は、このような事態が再発しないよう、就業規則を遵守し、 勤務態度の改善に努めてください。 ○年○月○日 株式会社○○○○ 代表取締役 ○○ ○○ |
このテンプレートは一例であり、実際の通知では会社の状況や対象となる行動に応じて適切に調整する必要があります。
減給後に改善が見られないときは
減給処分を行っても改善が見られない場合、雇用者はより厳しい対応を検討せざるを得ません。ここでは、そのような状況で考えられる次の段階の措置について解説します。
降格人事
降格人事は、労働者の職位や職責を下げる処分です。降格人事の場合は賃金の減額も伴うことが一般的です。降格は減給よりも重い処分であり、労働者の地位や待遇に影響を与えます。
ただし、降格を行う際は就業規則に明確な規定が必要です。また、降格に伴う賃金の減額は、労働者の生活に大きな影響を与える可能性があるため、慎重に判断する必要があります。
退職推奨
退職推奨は、労働者に自主的な退職を促す措置です。これは解雇よりも穏やかな方法ですが、適切に行わないと「退職強要」と判断される可能性があります。
そのため、退職推奨を行う際は、労働者の意思を尊重し、十分な話し合いの機会を設けることがポイントです。また、退職に応じた場合の条件(退職金の上乗せなど)を明確にし、労働者が自由意思で判断できるようにしてください。
解雇
解雇は、雇用者が一方的に労働契約を終了させる最も厳しい措置です。労働基準法第二十条では、解雇に正当な理由が必要であると規定しています。
また、30日前に予告するか、30日分以上の平均賃金(解雇予告手当)を支払う必要があります。
ただし、解雇を行う際は、以下の点に注意が必要です。
- 解雇理由が客観的に合理的であること
- 社会通念上相当であること
- 解雇回避のための努力を尽くしていること
これらの条件を満たさない解雇は、権利濫用として無効となる可能性があります。
減給処分が違法となるケースとは?
減給処分は、労働者の賃金を減額する懲戒処分ですが、常に合法というわけではありません。違法となるケースは主に3つあります。
- 減給の根拠がない
- 減給の額が大きすぎる
- 嫌がらせ目的
まず、減給の根拠がない場合です。就業規則に規定がなければ、減給は認められません。次に、減給の金額が大きすぎる場合です。労働基準法第九十一条で定める金額を超える減給額にしてはいけません。
また、退職や嫌がらせを目的とした減給も違法です。これは労働者の権利を不当に侵害する行為とみなされます。
減給処分を行う際は、これらの制限を守り、正当な理由と適切な手続きが必要です。労働者の生活を守りつつ、職場の規律を維持するバランスが大切になります。
減給処分についての判断を相談したい
組織を運営するためにはさまざまな課題が多いものです。特に労働問題においては改革が行われるなかで、法律に沿った適切な運営ができているか気になるものです。
減給処分を行う際には、労働基準法に基づく限度額の遵守だけでなく、事前の適正なプロセスを踏むことが重要です。 例えば、問題行動の原因を把握し、指導・改善の機会を十分に提供した上で、それでも改善が見られない場合に慎重に検討することが求められます。適切なプロセスを経ずに減給を実施すると、労働トラブルにつながる可能性があるため、慎重な対応が必要です。
社会保険労務士ビジネスパートナーでは、経営者目線で労働問題に対応します。労働基準法第九十一条に基づく減給の限度額や就業規則への規定など、法的な側面からのアドバイスが可能です。
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