適切な残業管理は従業員の健康と生産性、そして企業のコンプライアンスにとって非常に重要です。しかし、労働法規の複雑さや現場の実情との兼ね合いで、管理に頭を悩ませているのではないでしょうか。
そこで、本記事では残業が違法となるケースや適法な残業命令のための必要条件、パワハラと見なされる可能性のある残業の強要、そして従業員が正当に残業を拒否できる状況について解説します。
残業の強要になるケースや会社側が必要な対応について知りたい場合は、ぜひ参考にしてください。
残業が違法になるケース
残業は、適切に管理されないと違法になる可能性があります。労働者の権利を守り、健康を維持するために、法律で定められた基準を守ることが大切です。ここでは、残業が違法となる主なケースについて解説します。
残業の上限規制を超えている
残業が違法となる代表的なケースは、労働基準法で定められた「時間外労働の上限」を超えている場合です。労働基準法では、原則として1日8時間、1週40時間を超える労働を「時間外労働」と定義しています。この時間外労働を命じるためには、会社と従業員代表との間で「36協定(サブロク協定)」を締結し、それを労働基準監督署へ届け出る必要があります。
参考:厚生労働省「時間外労働の上限規制 わかりやすい解説」(P3)
しかし、36協定が締結されていても無制限に残業を命じられるわけではありません。2019年の法改正により、原則として月45時間、年間360時間という上限が設けられました。一部の特例業種でも、年間720時間や月100時間未満などの厳しい制限があります。この上限を超える残業は違法となり、従業員が拒否する権利が認められるでしょう。
また、上限を超える残業を強制する行為は、従業員の健康や生活を害する恐れがあり、パワハラと見なされる可能性があります。特に、長時間労働による過労死や健康被害が社会問題となっている現在、このような違法な命令には厳しい目が向けられています。
正当な理由がある場合
労働基準法第66条では、「妊産婦が請求した場合、時間外労働をさせてはならない」と規定されています。これは、母体や子どもの健康を守るための法律です。このような正当な理由がある場合に残業を強要することは違法となります。
さらに、従業員個人の健康上の問題も正当な理由に含まれます。たとえば、医師から長時間労働を避けるよう指示されている場合や、持病が悪化するリスクがある場合です。このような状況で無理に残業を命じる行為は、不当であり違法性が問われます。
また、家庭の事情も正当な理由として認められる場合があります。具体的には、小さな子どもの世話や介護など、家庭内で重要な役割を果たしている場合です。このような理由にもかかわらず残業を強制すれば、従業員の生活に深刻な影響を与えかねません。そのため、このような状況では従業員側に残業拒否の権利が認められるでしょう。
残業の必要性がない場合
会社側が残業を命じるには、その必要性が合理的であることが求められます。たとえば、納期が迫っているプロジェクトや突発的なトラブル対応など、どうしても通常勤務時間内では対応できない事情がある場合です。しかし、このような事情もなく漫然と残業を命じることは不適切です。
具体的には、通常勤務時間内で十分対応可能だったにもかかわらず、管理不足や計画性の欠如によって無駄に残業させるケースです。また、本来他の従業員や部署で対応すべき仕事を一方的に押し付けて残業させる行為も問題視されます。このような不必要な残業命令は、労働基準法に反するだけでなく、従業員の権利侵害につながります。
残業を命じるために必要なこと
企業が従業員に残業を命じるためには、いくつかの要件を満たす必要があります。ここでは、残業を命じるために必要なことを解説します。
「36協定」が締結されていること
会社が従業員に残業を命じるためには、まず「36協定(サブロク協定)」を締結する必要があります。36協定とは、労働基準法第36条に基づき、法定労働時間を超える時間外労働や休日労働を行う際に必要となる労使間の取り決めです。この協定がない場合、会社が従業員に残業を命令することは違法となり、従業員はその命令を拒否する権利があります。
36協定の締結には、労働者の過半数で組織された労働組合、または労働者の過半数を代表する者との合意が必要です。この際、代表者が会社側の意向に偏らず、公正な立場で選出されていることが求められます。また、36協定では具体的な残業時間の上限も明記しなければなりません。
労働基準監督署へ届出がされていること
36協定を締結しただけでは、それだけで法的効力を持つわけではありません。次に重要なのは、この協定を所轄の労働基準監督署へ届け出ることです。届出が完了して初めて、会社は従業員に対して法的に有効な残業命令を行う権利を得ます。この手続きが欠けている場合、その残業命令は違法となり得ます。
届出にはいくつかのポイントがあります。まずは締結した36協定の内容が明確であることです。たとえば、時間外労働の上限や休日労働の日数などが具体的に記載されていなければなりません。また、届出後には労働基準監督署から受付印をもらい、その書類を会社内で保管します。この受付印がない場合、その協定は無効と見なされる可能性があります。
さらに、この届出内容は従業員にも周知する必要があります。多くの場合、社内掲示板や社内インフラなどで共有されます。
労働契約書や就業規則に残業についての規定があること
36協定とその届出だけでは不十分であり、個々の従業員との間で結ばれる労働契約書や就業規則にも残業についての規定が必要です。これらの文書には、「会社は必要に応じて残業を命じる場合がある」旨や「従業員は正当な理由なくこれを拒否できない」旨が明記されている必要があります。
特に重要なのは、この規定によって残業命令が合理的かつ適法である根拠が示される点です。たとえば、「通常勤務時間内では対応できない緊急性の高い業務」などの場合には残業命令が正当化されます。一方で、このような規定がない場合や曖昧な場合には、従業員から「命令自体が無効」と主張されるリスクがあります。
また、就業規則には残業代の支払い基準も明確に記載することも大事です。たとえば、「時間外労働には通常賃金の25%以上の割増賃金を支払う」などです。このような記載がない場合、不払い問題やトラブルにつながりかねません。
このような残業の強要はパワハラになる可能性がある
残業の強要は、場合によってパワーハラスメント(パワハラ)に該当する可能性があります。パワハラは従業員の尊厳を傷つけ、健康や生活に悪影響を及ぼす問題です。ここでは、残業の強要がパワハラとなり得る具体的なケースを解説します。
正当な理由なく過度な残業を命じる場合
正当な理由のない過度な残業命令はパワハラに該当します。具体的には以下のような状況が挙げられます。
- 業務量に見合わない無理な締め切りを設定する
- 他の従業員の仕事を一方的に押し付ける
- 効率化できる業務を放置したまま残業を強いる
これらの行為は、従業員の時間外労働を不当に増やし、心身の健康を害する恐れがあります。
正当な理由とは、たとえば緊急の顧客対応や突発的なトラブル処理などです。しかし、こうした事態が常態化している場合、会社の業務体制や人員配置に問題がある可能性が高いでしょう。
管理職は各従業員の業務量を適切に把握し、公平な仕事の分配を心がける必要があります。また、業務の効率化や優先順位の見直しを行い、不要な残業を減らす努力が求められます。
不当な残業命令や過度な強制がパワハラとなる場合
「合理的な理由がない残業命令」を強制することは、パワハラに該当する可能性があります。労働契約や就業規則に基づく業務命令としての残業は、従業員に義務がある場合もありますが、違法な長時間労働や不当な理由での残業命令に従う義務はありません。たとえば、次のケースはパワハラに該当しやすいでしょう。
- 「帰りたければ仕事を辞めろ」と脅す
- 残業を断った従業員を不当に評価下げする
- 残業しない従業員を仲間はずれにする
こうした行為は、従業員の自由意思を無視し、精神的苦痛を与えるものです。
会社側は、従業員が残業を断る正当な理由(健康上の問題や家庭の事情など)を尊重する必要があります。違法・不当な残業命令を強要することは、パワハラとみなされるリスクがあります。
一方で、業務上必要な場合は、従業員と事前に話し合い、合意を得ることが望ましいです。また、残業の必要性や目的を明確に説明し、従業員の理解を得る努力も必要です。
精神的な圧力や脅しを伴う場合
残業を強要する際に精神的な圧力や脅しを用いることは、明らかなパワハラです。具体的には、次のような行為が該当します。
- 「君だけできないのか」と人格を否定する発言をする
- 「昇進・昇給に影響するぞ」と脅す
- 「会社の評判を落とすな」と責任を押し付ける
このような言動は、従業員の自尊心を傷つけ、深刻な精神的ストレスを与えます。また、職場の雰囲気を悪化させ、生産性の低下にもつながります。
そのため、管理職は残業を依頼する際には丁寧な言葉遣いを心がけ、従業員の立場に立って考える必要があります。
従業員側も不当な圧力や脅しを受けた場合は、人事部門や労働組合に相談することが大切です。必要に応じて、労働基準監督署や弁護士にもアドバイスを求めましょう。
健康を害する可能性がある場合
従業員の健康を害する可能性のある残業強要は、重大なパワハラです。以下のような状況が該当します。
- 過労死ラインを超える長時間労働を強いる
- 体調不良を訴えているにもかかわらず残業を命じる
- 休憩時間を十分に取らせない
これらの行為は、従業員の身体的・精神的健康を著しく損なう恐れがあるだけではなく、過労死や過労自殺のリスクも高まります。
労働安全衛生法では、使用者に従業員の安全と健康を確保する義務を課しています。そのため、健康を害する可能性のある残業命令は法的にも問題があります。
会社は従業員の労働時間を適切に管理し、長時間労働を防ぐ体制を整える必要があります。また、定期的な健康診断の実施や産業医との連携も大切です。
従業員も自身の健康状態に注意を払い、無理な残業は断る勇気を持つ必要があります。
勤務時間外の連絡で精神的な負担をかける場合
勤務時間外の頻繁な連絡や業務指示も、パワハラとなり得ます。具体的には以下のような行為には注意が必要です。
- 深夜や休日に頻繁にメールや電話をする
- 休暇中の従業員に仕事の指示をする
- 即時の返信を強要する
こうした行為は、従業員のプライベートな時間を侵害し、心身の休息を妨げます。また、常に仕事のことを考えなければならない状況は、大きな精神的ストレスとなるでしょう。
労働時間の管理は、従業員の健康と生産性を維持するために必要です。勤務時間外の連絡は必要最小限に留め、緊急時以外は翌営業日まで待つべきでしょう。
また、会社は「つながらない権利」を尊重し、勤務時間外の連絡に関するルールを明確にすることが望ましいといえます。たとえば、時間外の連絡は原則禁止とし、緊急時の対応方法を定めるなどです。
労働者の家族生活や個人の事情を無視して強制する場合
従業員の家族生活や個人の事情を無視した残業の強制も、パワハラに該当します。
- 育児や介護の事情を考慮せずに残業を命じる
- 家族の行事や冠婚葬祭を理由とした休暇を認めない
これらの行為は、従業員のワークライフバランスを著しく損ない、家族関係にも悪影響を及ぼします。また、従業員の人格権を侵害する行為ともいえます。
労働基準法では、育児や介護を行う従業員に対する配慮を求めています。また、近年では「働き方改革」の一環として、従業員の私生活を尊重する動きが強まっています。
会社は、従業員の個人的な事情にも配慮し、柔軟な勤務体制を整える必要があります。たとえば、在宅勤務やフレックスタイム制の導入、有給休暇の取得促進などが考えられます。
従業員も、自身の事情を上司や人事部門に適切に伝え、理解を求めることが大切です。必要に応じて、就業規則や労働契約の確認、労働組合への相談も検討しましょう。
残業の拒否が認められる場合とは
残業の拒否が認められる場合があります。従業員は必ずしもすべての残業命令に従う義務はありません。正当な理由がある場合、残業を断ることができます。ここでは、残業拒否が認められる具体的なケースを解説します。
健康上の理由がある場合
従業員の健康を守ることは、労働基準法の目的の1つです。健康上の理由がある場合、残業を拒否する正当な権利があります。具体的には以下のような状況が考えられます。
- 持病の悪化や体調不良
- 過度の疲労やストレスの蓄積
- 医師からの指示がある場合
たとえば、持病のある従業員が症状の悪化を感じている場合、残業を断ることが可能です。また、長期間の連続勤務により過度の疲労が蓄積している場合も、健康を守るために残業を拒否できます。
特に、医師から長時間労働を控えるよう指示されている場合は、その診断書を会社に提出することで、より確実に残業を断ることができるでしょう。会社側も、従業員の健康状態を考慮し、無理な残業命令は避ける必要があります。
従業員側が健康上の理由で残業を断る際は、上司や人事部門に状況を明確に説明することが大切です。必要に応じて、産業医との面談や健康診断の結果を提示するのも有効な方法です。
家庭の事情がある場合
家庭の事情も、残業を拒否できる正当な理由となります。以下のような状況が該当します。
- 育児や介護の必要がある
- 家族の病気や緊急事態
- 重要な家族行事がある場合
たとえば、小さな子どもがいる従業員が保育園の迎えに行く必要がある場合、残業を断ることができます。また、要介護状態の家族がいる場合も、介護の時間を確保するために残業の拒否が可能です。
家族の急な病気や事故などの緊急事態も、残業拒否の正当な理由となります。さらに、結婚式や葬儀などの重要な家族行事がある場合も、残業よりも優先されるべきでしょう。
ただし、これらの事情を会社側に事前に伝えておくことがポイントです。突然の残業拒否は、業務に支障をきたす可能性があるため、できるだけ早めに上司や人事部門に相談しましょう。
また、会社側も従業員のワークライフバランスを尊重し、柔軟な勤務体制を整えることが求められます。育児・介護休業法などの関連法規も踏まえ、適切な対応を取る必要があります。
労働契約や就業規則で定められた労働時間を超えた場合
労働契約や就業規則で定められた労働時間を超える残業命令は、従業員が拒否できる場合があります。以下のポイントに注意が必要です。
- 契約で定められた労働時間の確認
- 就業規則における残業規定の確認
- 36協定の内容と照らし合わせる
まずは自身の労働契約書を確認し、契約で定められた労働時間を把握しましょう。この時間を超える残業命令は、原則として従業員の同意が必要です。
次に、就業規則の残業に関する規定を確認します。多くの会社では、「業務上の必要がある場合は残業を命じることがある」といった規定がありますが、これが無制限の残業を認めるものではありません。
さらに、会社と労働者代表との間で締結される36協定の内容も重要です。36協定で定められた時間外労働の上限を超える残業命令は、従業員が拒否できます。
これらの規定や協定の内容を超える残業命令に対しては、従業員は「契約外の労働を強いられている」として拒否することができます。ただし、拒否する際は上記の根拠を明確に示し、丁寧に説明することが大切です。
法定上限を超える残業が求められた場合
労働基準法で定められた法定上限を超える残業命令は明確に違法です。従業員はこのような残業を拒否する権利があります。法定上限には以下のようなものがあります。
- 原則として月45時間、年間360時間
- 特別条項でも年720時間を超えてはならない
- 単月100時間未満、複数月平均80時間以内
参考:厚生労働省「時間外労働の上限規制 わかりやすい解説」(P2)
これらの上限を超える残業命令は、たとえ36協定が締結されていても違法となります。従業員は、このような違法な残業命令を拒否できるだけでなく、拒否する義務があるといえるでしょう。
法定上限を超える残業を強制された場合、従業員から上司や人事部門に法令違反の可能性が指摘され、改善を求められることがあります。改善が見られない場合は、労働基準監督署に相談されるケースもあるでしょう。
悩んでいる場合は専門家へ相談
適切な残業管理のために専門家のサポートを活用しましょう
企業にとって、残業命令や労働時間管理の適正化は重要な課題です。労働基準法や36協定を遵守しつつ、従業員の健康や生産性を守るためには、適切な制度設計と運用が欠かせません。
しかし、残業管理をめぐるトラブルは、適用される法規制が複雑で、対応を誤ると労使トラブルや行政指導につながるリスクがあります。 そのため、就業規則の整備、36協定の適正な締結・運用、従業員への適切な周知・対応など、企業が適法な残業管理を行うためには、専門家のアドバイスが有効です。
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